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マラソン界のキーマンと陸連による新たな一手「RunLink」とは?

2019年3月3日、冷たい雨が降るなか、東京マラソン2019が開催され、過去最多の約3万8000人ものランナーたちが東京の街を駆け抜けた。いまや、国内有数のイベントに発展した東京マラソン。出走者やボランティア参加者、沿道での観戦者やEXPOなどの周辺イベントの観衆などを合わせると、合計で百万人を越える人が集まると言われている。その東京マラソンに、構想段階から携わり、共に成長の過程を歩んできた男がいる。早野忠昭氏だ。 2007年に始まった東京マラソンが、なぜここまで大きな大会に成長できたのか。この十数年の間で、どのようにしてマラソンブームを巻き起こしていったのか。そして、今後のマラソン界を占う新たな動き「JAAF RunLink」とはどのようなものなのか。現在、東京マラソンのレースディレクターを務めながら、RunLinkのチーフオフィサーという重職に就いた早野氏に直接話を伺った。

Icône segawa.taisuke1Taisuke Segawa | 2019/03/18
--マラソンブームの火付け役と言われた東京マラソンですが、開始当時は、どのような経緯で始まったのでしょうか? 

(早野)東京マラソンは、2007年に、当時の石原都知事による強力なリーダーシップのもとで始まったんですね。ニューヨークシティマラソンみたいな、シティプロモーションも含めた形で、市民とエリートが一緒に走っているようなマラソンがあるべきじゃないかって。
僕は海外に住んでいた頃、太っている人も含めてみんなよく走っているな、というのを感じていたんです。それまでの日本のマラソンって、オリンピックを目指す選手や実業団に所属する選手など、いわゆるエリートランナーと、そこまでではないけど、市民ランナーとして自分の記録に挑戦しているような人までしか取り込めていなかったんですね。でも、もっとカジュアルなランニングのスタイルがあってもいいんじゃないかなと。

--とはいえ、スポーツに興味を持っていなかった人がいきなり走るのって、やっぱりハードルが高いですよね? どのようにしてその敷居を下げていったのでしょうか?

(早野)今は気軽に走っている方、ずいぶん増えたでしょう? 僕たちは、まずは女性とコミュニケーションすることから始めました。こういう話をリードするのは大体女性なので。当時、女性雑誌で、「走る女性は美しい」というコピーが使われていたことがありましたが、僕らはそういう雰囲気を作っていきたくてね。私自身も、北青山ランニングクラブという、いかにもオシャレな名前をつけた団体の立ち上げに携わってね。土日の2日間のうち、1日は青山や代々木公園で走って、汗流して、着替えてきれいにお化粧して、お昼を食べて帰るっていうライフスタイルを提案したところ、いろんな雑誌に取り上げていただきました。すると、女性ってモノが好きだから、ランニングスカートとか、音楽を聞きながら走るとか、それぞれのランニングスタイルが生まれていくんですよ。

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--当時、新しいライフスタイルの提案に、ランニングを取り入れるというのは斬新だったと思いますが、そのスタイルを広めるに当たって、どのような工夫をしたのでしょうか?

(早野)それまで、マラソンを走っている人たちって、変な話だけど、通知表で言えば5の人たちばっかりでね。通知表で1とか2の人たちは、学生時代に体育の先生や大人たちから「何やってんだ」「ダメだな」って言われて過ごしてきたわけです。競技スポーツが基準で評価されてしまうので、「スポーツ好きなんだけど、あのコーチのせいで嫌いになっちゃった」みたいな人がたくさんいたわけですよ。だから、そういう人たちの価値観を変えたかったんですね。そこで、メッセージの出し方や、コミュニケーションするための接点を変えるために使ったのが、「フュージョンランニング」という考え方でした。

--フュージョンランニング。。。ですか? 

(早野)人が走る理由って、それぞれにあるじゃないですか。例えば、犬が大好きで、犬の散歩につき合っているうちにランナーになったとか。このフュージョンランニングというのは「あなたの好きなものをランニングと融合しよう」っていう考え方なんです。例えば、音楽とランニングとかね。化粧品で言えば、デオドラントとか、日焼け止めとか。メーカーさんと協力しながら、スポーツコンシャスな商品を世の中に送り出していきました。こうして「あ、そういうランニングの仕方だったら私でもできるかもしれない」って思ってもらえるように、人それぞれに走るための理由、フューズする何かを提案していったわけです。

  --なるほど、消費者のあらゆる顕在的、潜在的なニーズを掘り起こしながらブームを作っていったわけですね。

Deuxième partieに続く  http://king-gear.com/articles/1035

Interview / texte / photo :Yasuyuki Segawa