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「孤独なスポーツ」は変わるのか? テニスのコーチング新時代

テニスは個人競技であり、「孤独なスポーツ」とも言われる。コートという戦場に立ち、ラケット1本で自分を奮い立たせ、勝敗が決するまで戦い続けなければならない。普段はチームで練習していても、試合になればコートに立つのは自分一人だ。しかし、近年テニス界には変化が訪れている。今年1月の全豪オープンでは、コートの隅に「コーチングポッド」と呼ばれるエリアが設置された。今回は、そんなテニスにおける「コーチング」について考えてみたい。※トップ画像出典/photoAC

Icon img 9605 1  1 髙橋菜々 | 2025/03/05

試合中の「コーチング」とは? 

今回は、テニスにおける「コーチング」を、試合中にコートの外から選手に対してアドバイスや指導をすることと定義する。

多くのチームスポーツ、例えば野球やサッカーでは、ベンチに監督やコーチがいて、試合中でも選手に指示を送るのが一般的だ。チーム全体で戦う「チームスポーツ」だからこそ、リアルタイムの戦略変更やメンタルケアが可能となる。しかし、テニスは個人競技だ。練習中はコーチとともに技術を磨き、戦術を学ぶが、試合が始まるとコーチは見守ることしかできない。歴史的に見ても、試合中のコーチングは原則ルール違反とされてきた。ウォーミングアップが始まった瞬間から、選手はコーチと話すことすら許されない。試合が始まれば、すべての判断を一人で下し、戦い抜かなければならない。そうした背景から、テニスは「孤独なスポーツ」とも言われてきた。

しかし、その「孤独なスポーツ」にも変化が訪れている。過去、一部の大会では特定の条件下でコーチングが認められることもあった。例えば、女子の試合のみ許可されるケースや、大会ごとに異なるルールが適用されるなど、コーチングに関する規定は曖昧なままだった。そのような状況の中、2024年にITF(国際テニス連盟)は8年近いトライアルを経て、新たなコーチングルールを発表し、2025年から正式に適用された。新ルールの最大の変更点は、全ての大会においてポイント間、チェンジコート時、セット間のタイミングでコート外から口頭でのコーチングが可能になったことだ。これにより選手は試合中にコーチからアドバイスを受けることができ、これまで以上に戦術的な試合運びが可能になる。

全豪オープンで導入された「コーチングポッド」

2025年1月、オーストラリアで開催された全豪オープンで、新たな試みとして「コーチングポッド」が導入された。これまで、コーチは選手席の最前列に座るのが一般的だった。しかし、今大会では主要コートの隅2カ所にコーチングポッドが設置され、選手とコーチがより近い距離でコミュニケーションを取れるようになった。さらに、選手のチームメンバー4人までがこのポッドに座ることができ、試合のポイント間やゲーム、セットの節目ごとに表示される相手のミスショット数やサービスエース数など、リアルタイムで統計データ(スタッツ)の分析を行えるスクリーンも設置されている。

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Source/Getty Images

今年の全豪オープンで特に話題になったのは、“ビッグ4”の一員としてテニス界を牽引してきたジョコビッチとマレーの関係だ。かつてはライバルとして数々の名勝負を繰り広げてきた二人が、今大会では選手とコーチとして共に戦う立場になっていたのだ。試合中、ジョコビッチがマレーからコーチングを受ける場面が何度も見られ、その姿は大きな注目を集めた。かつてのライバルがチームメイトとなる。そんな歴史的な瞬間を目の当たりにした全豪オープンは、まさに新時代のテニスを象徴する大会となった。

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「コーチング」は選手にどう影響するのか?

しかしコーチングやコーチングポッドに対する意見は分かれている。もともとコート上には存在しなかったコーチングポッドが新たに設置されたことで、視界に違和感を覚える選手もいれば、コーチングを受けるかどうかは選手自身が自由に選択できるため、最終的には個人の判断に委ねられるべきという意見もある。例えば、試合中に戦略やショットについて客観的なアドバイスを受けることで、選手のプレーが向上する可能性や冷静な判断がしやすくなる場面もあるだろう。しかし、実際にプレーしている選手の感覚と試合を外から見ているコーチの意見が必ずしも一致するとは限らない。考え方にズレが生じた場合、選手が混乱してしまうことも考えられる。これは、最終的には選手とコーチの信頼関係に左右される部分でもある。さらにコーチングがメンタル面に与える影響も無視できない。試合中に励ましの言葉をもらったり、冷静なアドバイスを受けたりすることで、精神的に安定しやすくなる選手もいるだろう。コーチングが導入されたことで、テニスの試合における『孤独感』が少しずつ変わるかもしれない。ただ、選手によっては、もともと試合中に『孤独』を感じていないケースもあるため、コーチングの影響は個人差が大きいといえる。

総じていえるのは、テニスはメンタルが大きく影響するスポーツだということだ。かつては試合中にどれほど厳しい状況に追い込まれようが、自ら打開策を見つけなければならず「孤独なスポーツ」とされてきた。しかし、コーチングが正式に認められ、コーチングポッドが導入されることによって、選手が試合中にサポートを受ける機会が増えていくだろう。とはいえ、コート上で戦うのは選手自身であり、勝敗を決めるのも自分のプレーだ。この変化をどう捉え、どのように活用するかは、最終的に選手の判断に委ねられている。コーチングの導入は、今後のテニスのスタイルに大きな影響を与えていくことだろう。