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「リングを降りて、カエルを追う」――金メダリスト“入江聖奈”が見つけた新たな探求

最初に手にしたのは、グローブではなくゲームのコントローラーだった。幼い頃はアウトドアもインドアも全力で楽しむ“ハイブリッド”な子どもだった入江聖奈。そんな彼女がボクシングと出会い、気づけばリングの上に立ち、やがて東京オリンピックの金メダリストとなった。しかし、彼女はオリンピックを最後にリングを降りる決断をする。そして今、彼女が没頭しているのは カエルの研究。深夜の公園や寺の水場を巡り、都会で生きるカエルの謎を追いかける日々を送っている。ボクシングとカエル研究、一見まったく異なる世界のように思えるが、入江は「根っこは同じ」と語る。勝利を追い求めた日々から、探究心を武器に新たな世界へ――。ボクシングと研究の共通点、競技人生の葛藤、そして“なりたい自分”を探し続ける今の思いを聞いた。※トップ画像撮影/松川李香(ヒゲ企画)

IcôneIppei Ippei | 2025/03/12

「アウトドアもインドアも全力」――“ハイブリッド”な子ども時代

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撮影/松川李香(ヒゲ企画)

最初に手にしたのは、グローブではなく、ゲームのコントローラーだった。

幼い頃の入江は、外で走り回るのも好きだったが、家の中でゲームに没頭する時間も同じくらい愛していた。「ゴールデンウィークなんかは、一日中ゲームをしてましたね」と笑う。アウトドアとインドアの二面性を持ち合わせた“ハイブリッド”な子どもだったという。

そんな彼女がスポーツと出会ったのは、友人の誘いがきっかけだった。

「空手をやらない?って誘われたんです。でも、そのときは『そんなスポーツ、絶対やりたくない!』って即答しました(笑)。なのに、なぜかボクシングを始めていたんですよね」

なぜボクシングだったのか――その問いに、彼女自身もはっきりとした答えは持っていない。ただ、気づけばリングの上に立っていた。

当時、女子ボクシングは今よりもさらにマイナーな存在だった。それでも、彼女は拳を握り、リングの上で戦うことを選んだ。

「勝ち気な性格だったんですよね。男の子にも絶対負けたくない!っていう気持ちが強くて(笑)」

とはいえ、小学生の頃は、まだボクシング一色の生活ではなかった。中学に進んでも、それは変わらなかったという。彼女にとって、ボクシングはいつの間にか日常の一部になっていたが、決してすべてではなかった。

だが、リングの上で拳を交わすたびに、彼女はある感覚に魅了されていった。

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撮影/松川李香(ヒゲ企画)

「一対一の駆け引きが、ものすごく楽しかったんです。調子が良いと、相手をまるで手のひらの上で転がしているような感覚になるというか…」

試合を“支配する”感覚。それは、個人競技ならではの快感だった。

「支配欲が満たされる……って言うと、ちょっと語弊があるかもしれませんが(笑)。でも、やっぱり自分が考えた通りに試合を運べたときの喜びは、何にも代えがたいんです。勝ったときの嬉しさを独り占めできるのも、ボクシングの魅力の一つですね」

「小学4年生で毎日ジム通いへ」―本格的にのめり込んだきっかけ

ボクシングを始めたばかりの頃、入江の目にはただ純粋に「すごい!」と映る選手がいた。

「長谷川穂積選手が好きでした。試合をよく観ていましたね。でも、まだ小学生だったので、技術的なことは全然分からなくて。ただ夢中で見ていただけでした(笑)」

しかし、彼女のボクシングへの情熱をさらに掻き立てたのは、実在の選手ではなく、漫画の世界だった。

「『はじめの一歩』の影響が大きかったですね。デンプシーロールを真似してみたり、ピーカブースタイルを試してみたり。漫画の中で『かっこいい!』と思った技は、全部真似してました。」

まるで遊びの延長のように始まったボクシング。しかし、小学4年生の頃から、その取り組み方は大きく変わる。

「最初は週に何回かジムに通うくらいだったんです。でも、小学4年生になると、毎日通うようになりました。小学5年生のときに『小学生向けの大会ができるよ』と聞いて、それが本格的にのめり込むきっかけになりました。」

そして、その大会で彼女は――日本一になった。

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撮影/松川李香(ヒゲ企画)

「そこからは、ずっと勝ち続けていましたね。」

彼女は淡々と語る。まるで、それが特別なことではないかのように。

「でも、当時は競技人口が少なかったので…。今の環境だったら、どうなっていたか分からないですね。」

そう謙遜するが、事実として、小・中学生時代の彼女は無敗だった。勝ち続けることで、彼女の戦い方も確立されていく。

「基本的にはストレート系のパンチを当てて、試合を有利に進めるスタイルでした。パンチ力で押し切ることが多かったですね。」

だが、高校に入ると、初めて「負け」を経験することになる。

「無敗の少女が初めて味わった敗北」――高校時代の苦悩

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撮影/松川李香(ヒゲ企画)

「高校生くらいから、東京オリンピックを意識するようになったんです。でも、国内の試合で負けることもあって、結構苦しみました。高校時代が、一番キャリアの中で苦しかった時期だったと思います。」

無敗だった少女が、初めて味わう敗北。

「特に高校1年生のときは、なかなか勝てなくて。そこで『このままじゃダメだ』と思って、自分自身を見つめ直しました。」

では、その苦しさをどう乗り越えたのか?

「特別に『これをやったら劇的に変わった!』という練習法はなかったです。結局、全部地道な努力の積み重ねでしたね。でも、その頃から『人より5分でも長く』『人より1本でも多く』 という意識を持つようになりました。」

たった5分、たった1本の積み重ね。それは、やがて大きな結果となって彼女に返ってくる。東京オリンピック金メダル――。

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撮影/松川李香(ヒゲ企画)

「それが、一つの答えだったのかなと思います。」

勝ち続けた少女は、負けを知り、そしてまた勝者へと戻ってきた。だが、そこにはもう「無敗」の称号を誇る自分はいない。

代わりにいたのは、敗北の意味を知り、努力を積み重ね、成長した一人のボクサーだった。


入江聖奈(いりえ・せな)
2000年10月9日生まれ、鳥取県出身。小学2年生の時に読んだ小山ゆうの「がんばれ元気」の影響で、米子市内唯一のボクシングジムに入門。高校2年と3年で全日本女子選手権(ジュニア)を連覇を果たし、2018年世界ユース選手権にて銅メダルを獲得。日体大へ進学後、2021年東京オリンピックボクシング女子フェザー級に日本代表として出場し、金メダルを獲得した。日本女子アマチュアボクシング選手として史上初の金メダリストで鳥取県出身で史上初の金メダリストとなった。2022年11月に引退。日体大卒業後、カエル研究のため、東京農工大学院に進学。

Hair&make:Chiyo Kato  (PUENTE.Inc)
Photo:Rika Matsukawa