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世界一のその先へ。“海堀あゆみ”が語る、つないでいく日本女子サッカーのバトン

2011年、FIFA女子ワールドカップで世界の頂点に立ったなでしこジャパン。 あれから14年。日本女子サッカーは進化を続ける一方で、改めてその「価値」や「意味」が問い直されている。現役時代、ゴールキーパーとして世界一に貢献し、現在はWEリーグの常勤理事として“支える側”に立つ海堀あゆみさん。彼女が今、大切にしているのは「過去を超えること」ではなく、「これまでの歩みを未来へつないでいくこと」だった。“個の力”と“日本らしさ”、エンタメとしての可能性、WEリーグが担う未来への責任——。ピッチの内と外、両方を知る彼女だからこそ語れる、日本女子サッカーのリアルな現在地と、これからの物語。※メイン画像撮影/長田慶

IcôneIppei Ippei | 2025/05/02

「超えることじゃなく、つないでいくこと」日本女子サッカーの今とこれから

ーー2011年のW杯優勝以降、日本女子サッカーはワールドカップやオリンピックなど、さまざまなステージを経験してきました。今はどんな“フェーズ”にあると感じていますか?

そうですね。今もこれからも進化しつづけていなかいといけないと思っています。2011年の優勝は、日本の女子サッカーの認知を一気に広げる大きなきっかけになったと思います。でも私は、あの時のチームと今のチームを無理に比較する必要はないと感じていて。

今の選手たちは、本当に多くの可能性を持っていると感じますし、それぞれが自分らしいスタイルを築いていってほしい。スポーツも人生も、うまくいかないことや壁にぶつかることはあるけれど、それも含めて“進化”なんですよね。

当時は当時の良さがありましたし、今の選手たちにはまた違った魅力や強さがあります。

「過去を超えなければいけない」と言われることもありますが、私は“超える”より“つないでいく”ことのほうが大切だと思っています。

ーー現在の、なでしこジャパンはどの位置にいると感じていますか?

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Photographie/Kei Nagata

昔はアジア予選を突破するだけでも大変だった時代がありました。

でも今は、ワールドカップやオリンピックに出場することが“当たり前”になった。それは、日本女子サッカーのレベルが確実に上がってきた証拠だと思います。

ただ一方で、世界の国々も本気で女子サッカーに取り組み始めていて、全体のレベルはどんどん上がっていると感じます。そんな中で日本がこれからも勝ち続けるためには、やはりさらに進化していくことが必要です。

そしてそのためには、WEリーグが“土台”としての役割を果たしていくことがとても重要。選手たちが国内でも高いレベルでプレーし続けられる環境をつくることが、もう一度世界一を目指すための鍵になると思っています。

「自分らしさ × 日本らしさが、未来をつくる」

ーープレイヤーとWEリーグの理事という両方の立場を経験されて、日本女子サッカーの“魅力”や“強み”はどんなところにあると感じていますか?

代表チームで言えば、今は新しい監督が就任したばかりということもあって、選手たちには“個の表現力”が強く求められていると感じています。

「何でもそつなくこなせる選手」よりも、「これは自分の武器だ」と言える明確な強みを持つ選手に期待している印象がありますね。

まずは、自分自身の強みをしっかり理解して、それを最大限に活かすこと。それがプレーの質にもつながり、チームの成長にもつながっていくと思います。

日本の女子サッカーには、組織的なプレーや連携のうまさという強みがあります。世界のトップ選手よりパワーでは劣るかもしれませんが、そのぶん戦術理解やチームで連動する力は、日本ならではの強さです。

監督の意図をきちんと受け止めて、それをプレーで表現できる力も、日本の選手の特長。そこに“個性”や“自分らしさ”が加われば、より魅力的なチームになるはずです。

ーー日本ならではのスタイルに、“個の魅力”を掛け合わせていくのが理想なんですね。

はい、まさにそのとおりです。結果はあくまであとからついてくるもの。だからこそまずは、自分たちの武器を認識することが何より大切だと思います。

世界を見据える意識を持ちつつ、今自分たちのよさを活かしながらも課題に取り組み、自分たちの価値を信じて、それを磨いていく。それが、日本女子サッカーの未来を切り拓く鍵になると信じています。

ーー2011年のワールドカップ優勝も、積み重ねの先にあった結果でしたよね。

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Photographie/Kei Nagata

あの優勝は、決して突然起きた奇跡ではありません。それまでに多くの人たちが女子サッカーを支えて、つないできてくれたからこそ、私たちが結果を出せたんです。

だから今、私たちがやるべきことは、その想いを“次の世代へつないでいく”こと。WEリーグの立ち上げに、2011年の優勝メンバーの一人として関わらせてもらえたことにも、大きな意味があると思っています。

「日本の女子サッカー界は伸びしろしかない。今、土台をつくるフェーズ」

ーーWEリーグは今年で4シーズン目となります。運営面において、海外の女子リーグと比べて今どんな位置にあるとお考えですか?

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Photographie/Kei Nagata

世界で様々な国がプロリーグを立ち上げています。日本は立ち上げ4年目ではありますが、まだまだこれからやるべきことがたくさんあると思っています。今は、成長するための土台をつくる我慢の時期だと思っています。海外のリーグには学ぶべき点がたくさんあります。アメリカやヨーロッパなど、それぞれ異なる文化や仕組みを持っていますが、その中で「良い」と思えるものはどんどん吸収していきたいですね。

ただ、日本には日本独自の背景や文化がある。海外の成功例を“そのまま真似る”のではなく、日本流にカスタマイズすることが大切だと感じています。日本にはJリーグという素晴らしいリーグがあります。一から何かを始めることは大変なことも多いですが、この一歩がのちに大きな一歩になると信じています。

ーーサッカーは今やエンターテインメントの一つでもあります。WEリーグをより多くの人に届けるために、エンタメ性や他業界からの学びは意識されていますか?

はい、エンタメ的な視点は常に意識しています。スポーツに限らず、音楽や舞台など、さまざまな業界から学べることは本当に多いですし、常にヒントを探しています。人と話すことで見えてくることもあります。

「このジャンルから」とあえて決めているわけではなく、日々いろんなものにアンテナを張っていて、いろんな人と話しながらも自然にインプットしている感じですね。

そして大事なことは、「何を取り入れて、何を削るか」というバランス。足し算だけでなく、引き算、掛け算、割り算の発想が必要だと思っています。同じやり方に固執してしまうと、可能性がどんどん狭まってしまう。だからこそ、型にとらわれず、常に試行錯誤し続ける柔軟さが必要だと感じています。


海堀あゆみ(かいほり・あゆみ)

1986年9月4日生まれ。京都府長岡京市出身。小学2年生からサッカーを始める。京都府立乙訓高校を卒業後、スペランツァ高槻でプレー(2004-2008年)。2008年にINAC神戸レオネッサに加入し、なでしこジャパン(日本女子代表)に初選出されると、同年の北京オリンピックで4位。2011年には、FIFA 女子ワールドカップドイツで初優勝を飾り、決勝戦のMVPならびに大会優秀選手に選出された。2012年ロンドンオリンピック準優勝、2015年 FIFA 女子ワールドカップカナダ準優勝。2015年に引退するまで、国内リーグ200試合以上、国際Aマッチ53試合に出場。2017~2018年熊本ルネサンスフットボールクラブ コーチ兼選手を経て、2021年11月にWEリーグコミュニティオーガナイザーに就任。2024年9月より、WEリーグの理事に就任し現職。


Photo:Kei Osada